オザケンこと小沢健二さん。


当時、痛快ウキウキ通りをMステで歌っていたのを思い出す。


王子様ぽいひとがクラリクラリと陽気に歌っている。


そのくらいの記憶であった。


最近、再びメディアに登場したインタビュー動画をみて、

ハッとした。


というのも、活動休止で見えてきたものについて以下のようなことを語っていた。



私たちに何気なく浸透している西洋文化というものはかなり特殊なもので、


他に約180の国があり、それぞれの文化が別にある。


それを表すものに民族衣装、装飾、踊り、などの風習、風俗がある。


それぞれが、それぞれであっていい。



活動休止後、世界を旅し、そう感じたそうです。



その構造があることを俯瞰して知ると、


生きることの不安が無くなる。
今、僕には不安はないです。

と。


あぁ、そうだ。


生きながら知らずに抱えてしまってる不安、

ってそこ(西洋文化)にあるかもなって。


なぜかしら。


それは、自分たちが自分たちであるというアイデンティティが危ういから。


例えば、バリ島の人たちは、大家族で住み、冠婚葬祭を家でやる。


朝、毎日掃除して、祭壇に、玄関にお花とお香を添えて神様と会話する。


神様と約束する。


それは自分と約束することなのかもしれない。


そうやって行動に移すことで身と場を清め、


不安から身を守る。


わからないことは、とおばあちゃんやおじいちゃん、近所の人が教えてくれる。



その習慣が解体しつつある日本では、


心の「支え」、たまの「足かせ」がわかりやすい形として無くなってしまった。


西洋化されても日本人らしさは根底に流れてはいるのだけど、

(本当に!)

当たり前すぎて気づきにくくなっている。


お互いに気づかぬまま、TOO MUCHを要求され要求しTOO MUCHに自分を消費してしまう。


その中身は本当に誇れることなのに。


そのバランスが崩れている。



もーこーなったら。



LCCなど、移動し易くなった今、

移動しまくって、

アイデンティティを浮き彫りにする方法に出るしかない。


………



それじゃあ、日本人として生きて活かされることってなんなのか、と思っていて。



そんな時、モデルの山口小夜子さんを思い出した。

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(※画像の引用は営利目的ではごさいません。)




山口さんは、服、物がいかに引き立つか、其れといかに善く融けこむかを研究して表現していたように思う。


能からもヒントを得ていたようで、


目立った動きは少ないが、

その場の空気を一瞬で変えること。

そこにある空気をまとうこと。


それを大切にしていた気がした。



(都現美の展示行ったの)



それを踏まえて、


日本人らしさ・得意技

ってなんなのか、と思ったら、

「空気」を感じること、なのかもしれない。



それがワーホリを通して浮き彫りになってきた
ことかもしれないかもしれないかもしれない。


かもしれない。


だから、ワーホリは無駄ではなかった。笑笑



TOO MUCHからバランスが取られるまで、これから20年、 我慢の時期かもしれないかもしれないかもしれない。


もー。長い。


でも、多分すぐ来る。


しかし、小夜子さんは亡くなっているはずだけど、そんな気をまるで感じさせない存在感だよな。


寝るわ。